クラウンユニットQAVOが生まれ、そして『クラウン的な稽古会』が生まれる、そのきっかけとなる出来事、それは?

13:第二転換期編

 2009年4月18日、横浜at!での『クラウンカレッジ・ジャパン20周年記念クラウンパーティ』ではサーカス・クラウンの古典的な演目がカタログ的に並べられていました。その中でも「Dead&Alive」という演目は道具を使わずに行われるオーソドックスなネタです。しかし日本ではまったく馴染みがなく、キャリアの長いYEN TOWN FOOLsのブッチィさんもクラウンパーティで初めて実演を観たと言っていたほどでした。一方、ブッチィさんの他にもうひとり、この夜クラウンパーティのショーを観ていた人物がいます。それは誰あろう、のちにまこっちゃんとクラウン・ユニットQAVOの一員となるスーリーでした。スーリーはまこっちゃんに連絡を取り、クラウンを学びたいと申し出たのです。

 まこっちゃんは死ぬまで現役を全うするつもりでいたので、指導者になるつもりなんてまったくありませんでした。もともと「新人といえども同じ仕事を取り合うライバルを増やすだけだから、自分は指導育成はしない」と宣言をしていたぐらいです。(「6:変動期編」参照)

 しかし時期を同じくして別の場所で別のアプローチで、やはりクラウンを学びたいという人がもうひとり出てきました。Y150の演劇プロジェクト「Do-Ra-Ma Yokohama」で知り合った共演者です。まこっちゃんもこれは何かのタイミングなのかもしれないという思いに至ったので、「シェフの気まぐれコース」でいいのなら、という条件付きで非公式のレッスンを行うことになりました。非公式とはいえ、教室などというものでもなく、どちらかというとサークルとか同好会に近かったので、それはいつしか自分たちで「稽古会」と呼ここぶようになってました。これは現在の『クラウン的な稽古会』の名称の由来になっています。参加者はたったの二人、しかもこの二人は稽古会で初対面の二人でしたが、毎月一回開催していました。

 ということで、このような稽古会を毎月定期的に続けるということは、指導者になるつもりがないまこっちゃんにとって、とても大きな変化です。

 この稽古会では例の「Dead&Alive」を徹底的に稽古しました。動作のひとつひとつを細かく分解して分析して噛み砕いて、ほぼ一年かけてマスターしてもらいました。そしてまこっちゃんは、人に教える、という行為を通じて改めて自分でもクラウンのギャグの構造を深めることができました。この稽古会の「Dead&Alive」を二人に稽古してもらう過程で発見したメソッドの数々は、現在の『クラウン的な稽古会』でも生かされています。

 まこっちゃんは自分の信念を曲げて初めて人に教えるというそんな大きな変化もありましたが、今から思うと、実はこの「稽古会」がなければ今に続くほかの様々なこともありませんでした。

 ここから本当に様々なことが始まりました。

 そのひとつがクラウン・ユニットQAVOの誕生です。

 2010年、まこっちゃんはクラウン・ヨサク(現・丸玉五福)さんとご一緒する現場があり、休憩中の雑談の際に、2009年4月18日横浜at!での『クラウンカレッジ・ジャパン20周年記念クラウンパーティ』の話題が出ました。その時に丸玉さんから、自分がプロデュースするショーで「Dead&Alive」を出したいのだという話を聞いたのです。

 クラウン・パーティで演じられた「Dead&Alive」という演目はクラウンのオーソドックスな古典的演目にもかかわらず日本ではまったく馴染みがなく、キャリアの長いYEN TOWN FOOLsのブッチィさんもクラウンパーティで初めて実演を観たと言っていたほど、という点に注目した丸玉さん。ご自身がプロデュースするバラエティ・ショーに「Dead&Alive」を上げたいと考えました。クラウンパーティでは三雲さんとビリさんが「Dead&Alive」を演じていましたが、三雲さんのクラウンはこの日だけのものだし、ビリさんはYEN TOWN FOOLsがあるのでこの二人には頼みにくい。さりとて他に頼んでやってもらえそうなクラウンもいなかったそうです。まこっちゃんはその時たまたま稽古会でスーリーと「Dead&Alive」は稽古していたので「できますよ、Dead&Alive」と伝えたところ、「ぜひ出て欲しい」という話になりました。そこで、まこっちゃんとスーリーがコンビになって、丸玉さんのプロデュースするショーで「Dead&Alive」を実演することになったのです。2011年に東日本大震災があったので丸玉さんの企画したショーはいったん延期になり、さらにみっちりと「Dead&Alive」の練習をして完成度を高めることに一年を費やして、いよいよステージで披露することになりました。

 2012年6月30日、浅草のリトルシアターでの『丸玉ロックショウ』で演じた「Dead&Alive」、これがクラウン・スーリーのプロデビューでした。

 そしてクラウン・コンビ“QAVO”の誕生です。

 ただ、QAVOはこの日の『丸玉ロックショウ』でDead&Aliveを実演するために組まれたコンビで、本来はこの日限りのコンビ、の筈でした。

 ところが丸玉さんが気に入ってくださり、その後も何度か『丸玉ロックショウ』に出させていただき、そのうち「Dead&Alive」だけでなく新しいレパートリーも増やして行きました。

 古典的なクラウンギャグを演じるというパフォーマンスは日本では珍しいということもあり、徐々にQAVO独自で仕事をするようにもなって行きました。一日限りの筈のコンビの活動はどんどん広がり、今も続いています。

 2012年のある日のこと、まこっちゃんに全く今までやったことがない仕事の依頼が舞い込みました。養護学校の授業の時間を使って生徒さんたちにクラウンを体験していただくワークショップです。体験ワークショップは文化庁の「次代を担う子供の文化芸術体験事業(現在は文化芸術による子供の育成事業)」の一環として行われました。これはまこっちゃんにとって稽古会以上に画期的な出来事でした。

 なにしろ初めてやることなので事前に様々なことを検証してプログラムを考えたすえ、全三回で、一回目はクラウンの特徴的な動作の練習、二回目は簡単なギャグ・ルーティンの稽古をして発表会、三回目は文化祭のステージで実際にクラウンショーをやってもらう、という内容にしました。

 養護学校の生徒さんたちは将来社会に出るために、日頃から何かときちんとやることを教わっています。しかしクラウンは失敗芸がウリなので、失敗しても誰からも責められない、どころか、みんなが喜んでくれます。そのせいか、普段ならあまり自分の内面を表に出さないような生徒さんが堰を切ったように表現したりなど、とても生き生きしている姿に、日頃接している先生や父兄の皆さんがとても驚いていました。本番のショーでは何をやっても“自分”という存在が大勢の人(観客)に隔たりなくすんなりと受け入れてもらえる、という体験に、「自由を感じる」と言っていた生徒さんもいらっしゃいました。自分たちで表現を工夫したり、内向的な生徒さんが本番ではアドリブをしていたり、びっくりすることだらけだったそうです。

 自分のコンプレックスや失敗を「笑い」に変えてしまうことで周囲に受け入れてもらえる、という体験が、自己肯定に繋がるのかもしれません。自己肯定ができれば、自信がついてコンプレックスも解消されるかもしれません。その効果に大変に好評を賜り、翌年、翌々年と連続して同じ養護学校で実施することになりましたが、実は文化庁の文化芸術体験事業はより多くの芸術に生徒さんたちを触れさせるという趣旨に基づいているので、同じ内容を年次継続することは異例なことのようです。それが二年連続どころか三年連続同一校で実施ですから異例中の異例ということになるのでしょうか。残念ながら四年目はさすがに申請が承認されませんでした。しかし、これはまこっちゃんにとっても大きな手応え、そして新たな足がかりとなりました。

 障害者とクラウンの結びつけにはすでに実施例が存在しています。兵庫県にある社会福祉法人かがやき神戸に所属しているクラウン・チーム「土曜日の天使達」がそれで、彼らはすでに数々のショー実績を持っていて、静岡県で開催される『大道芸ワールドカップ』への出演も果たしています。また、最近では春日井市などで不登校の子どもたちへのクラウン的な取り組み例もあり、現実社会で生きにくい人たちのひとつの道筋としてクラウンを選択するというソーシャルな試みも始まっています。

 まこっちゃんにとっては思いもしなかった展開ですがとても意義を感じる取り組みになりました。クラウンを職業やパフォーマーとしてではなく、生き方として捉えるという考え方が広がれば、生きにくい社会がもっと生きやすくなるに違いありません。

 かつては指導者になることを嫌っていましたが、これなら現役活動と並行して行う意義があるとまこっちゃんは思ったのです。

 クラウンカレッジ・ジャパンの理念「All for you, It’s my pleasure~あなたの喜びは私の喜び~」を思い出しました。

 そして2013年のこと。

 まこっちゃんは地元横浜を拠点としたクラウン的な活動を模索していたのですが、自分が意外と地元とのつながりがあまりないことに気付き、横浜創造都市センターの相談受付に相談をしてみました。それがちょうどいい具合に、関内外OPENの期間だったのです。様々なジャンルのアーティストが活動している横浜の中心街でアトリエやスタジオなどが一般公開されるのがこの関内外OPENの期間だったので、紹介してもらい実際にあちらこちらへと足を運びました。

 しかし、こちら側の問題として、やはりクラウンというものをどう知ってもらうか、という課題が付いて回りました。横浜創造都市センターの担当相談員さんの助言もあり、やはり体験型のワークショップの開催がいいのではないか、という事になり、2014年の年明けからさくらWorks〈関内〉とコラボする形で『クラウン的な稽古会』をスタートする事にしたのです。

 クラウンというものをステージ・パフォーマンスではなく、一般の方に日常生活に応用してもらって、生活を豊かにしたり人生を楽しくしたりできないか、ということをオモシロ探求してゆくのがテーマのワークショップとして始めたのですが、意外にもクラウンそのものに興味を持っている熱心な参加者が集まり、中身の濃いワークショップになったのでした。全6回で終了予定だったのですが、参加者からの「もっとやりたい」という強い希望のもと、その後『もっとクラウン的な稽古会』が始まります。同時に、さくらWorksで行っていたプログラムは『クラウン的な稽古会Beginners』という名称で新期スタートし、『Beginners』と『もっと』の二本立てで継続することになりました。

 それが今に続く『クラウン的な稽古会』です。

 病院をボランティアで訪問し患者をケアするクラウンの活動に興味を持つ人が多い昨今、この『クラウン的な稽古会』のようなクラウンの本質を追求するようなワークショップへのニーズがあるとは意外でした。北海道、山形、仙台、長崎といった遠方から通ってくださる参加者もいらっしゃいます。

 まこっちゃんは、ずっと現役でいたいからということで指導者になることは嫌ってきましたが、そして基本的な考え方は今でも同じですが、この『クラウン的な稽古会』の存在は、まこっちゃんがやっているクラウンというものを広く知ってもらうためにはとても重要なものになりました。熱心な参加者の皆さんは、とうとうクラウンとしてステージデビューするまでに成長しました。そのステージショーも三回、四回と着実に回を重ねています。そしてそのショーをご覧になったお客様がまたクラウンに興味を持ち、クラウンを知っていただくという効果もとても大きいのです。中にはショーを見て稽古会への参加をしてくださった方もいらっしゃいます。クラウンを育成するということは、思いがけない発見も多く、結果的にまこっちゃん自身にとっても実りの多いものになっているのです。

 クラウンの本質のひとつは誰とでも自由にコミュニケーションがとれること。この稽古会に参加してから「知らない人からよく道をきかれることが多くなった」という人もいます。「初対面の人と接するのがあまり怖くなくなった」という人もいました。そんな感じなので、月一回の開催にもかかわらず、参加者同士はとてもフレンドリーな付き合いになっていて、さらにそこに初めての人が来てもすんなりと輪に入れる居心地の良さがあるようです。みんなで誰かの誕生日や結婚をお祝いしたりというそんなことも自然に起こってます。メンバーが初めてクラウンとしてステージショーを行った時には、まこっちゃんはメンバーからサプライズの感謝状を戴きました!

 『クラウン的な稽古会』は今ではすっかり、まこっちゃんにとってとても大事な活動のひとつになっています。

 そしてついにまこっちゃんは自ら新しい活動を始めます。それはクラウンとしての、クラウンの可能性をさらに広げる、クラウンのための挑戦でした。

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One thought on “13:第二転換期編

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